均等待遇「広電方式」はなぜ成功したか?

均等待遇「広電方式」はなぜ成功したか?
2010年 11月 13日 15:15 《広島》 【取材ニュース】 <交通> <労働・雇用>
さとうしゅういち

http://www.janjanblog.com/archives/23155

今日、筆者が所属する自治労の労働講座で、「広島電鉄における非正規社員の正社員化の取り組み」について、私鉄中国地方労働組合広島電鉄支部の佐古委員長のお話をうかがいました。

広島電鉄では、2001年に経営側が、契約社員導入を提案してから、足掛け9年間の労使(組合内部でも)の議論の末、新しい給料体系を労使合意で構築し、均等待遇を実現しました。

わたくし、さとうしゅういちは、佐古委員長とは平和運動ではご一緒の機会も多いのですが、全国的にも注目されたこの「広電方式」について、まとまったお話を伺ったのは初めてです。

私鉄・バス業界では、規制緩和など、厳しい状況が2000年から小泉政権時代にかけ訪れていました。こうした中で、コスト削減を経営側は求めてきました。住居手当、通勤手当などほとんどの手当が削減されてしまった。

そして、2001年6月に会社側が、契約社員制度導入を提案。1日あたりの勤務時間が30分長いのに、賃金が低い制度でした。

組合側は、正社員登用制度の確立と、ユニオンショップ協定(社員は全員組合員)を求め、会社側はユニオンショップ協定のみを受け入れました。



佐古委員長はこのとき、ユニオンショップ協定を受け入れさせた事が、その後の成功につながった、と振り返ります。

広島電鉄では、組合が分裂した歴史があります。そのとき、二つ組合との労使協議に手間取り、ダイヤ改正すらままならず、経営側も結局は大きな不利益を被った歴史があります。

そうしたことも背景に、経営側は、ユニオンショップ協定を受け入れた。

その後、契約社員の処遇改善に向けて、組合内の取り組みを強化しました。正社員と契約社員が一緒の集会ではそうはいっても契約社員はものをいいづらい。また、会社の性格上、それぞれ、休みの日も違います。そこで、契約社員には、都合がいい日に組合事務所にきてもらう形での集会を開くなど、きめ細かな活動をしました。

そうした中で、2003年に、経営側は契約社員の雇用を無期限にはするが、他の待遇は低いままという「正社員Ⅱ」制度を導入しました。

しかし、組合側は食い下がり、2006年12月、職種別の賃金制度を導入する労使合意にこぎつけました。労使が対等に話し合う、賃金問題専門委員会で話し合いました。

もちろん、組合側も、今までの賃金制度には問題を感じていました。高度成長時代には、どんどん賃金が上がったが、最近はそうではない。電鉄会社の場合、定期昇給がないのでベアゼロさえ珍しくない最近では、特に若手社員が将来を見通せない状況になっていました。また、比較的若い管理職が、年配運転士より給料が低い現象もあった。職位が上がっても、給料が上がらないので、会社側も管理職になってくれる人を探すのに苦労していました。

そこで、双方とも、賃金制度の抜本的な改革に合意。組合案を決定するまでに喧々諤諤の議論がありました。納得するまで、議論を行ったそうです。

組合側は年功序列的な、経営側は能力給型の案を提示。結果としては、両者の折衷のような案で2009年10月、新給料体系がスタートしました。

年配正社員については、給料が下がる事になりましたが、激変緩和措置も導入しました。

今回のことをいわゆる賃金シェアという報道のされ方もあるのですが、実際には、経営側に3.5億円、人件費を増額させています。

その結果、最近では、結婚する社員や、家を購入する社員も増える、お客様の苦情も減るなどの効果がでているそうです。

お話を聞いていて、組織の中でまずよく議論する気風が大事なのだなあ、と思いました。その議論を、大事にしてきた事が、成果を生み出している。それがなかなか難しいのですが、その努力を怠ってはいけないのだな、と感じました。